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東京地方裁判所 昭和53年(ワ)3006号 判決 1980年1月30日

原告(反訴被告)

千崎関吾

右訴訟代理人

中村信敏

中村尚彦

被告(反訴原告)

右代表者法務大臣

倉石忠雄

右指定代理人

小野拓美

外三名

主文

一  本訴原告の請求を棄却する。

二  本訴原告は、本訴被告に対し、別紙物件目録(二)記載の物件を収去して同物件目録(一)記載の土地を明渡せ。

三  訴訟費用は、本訴・反訴を通じて本訴原告の負担とする。

四  この判決は第二項に限り、仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一原告と被告との間に、昭和四三年三月一八日、本件土地につき、賃料一か年金三万八、五八八円(但し、その後改定されて現在は金三万九、四九六円)、賃料支払時期毎年四月三〇日払い、賃貸借期間昭和三〇年四月一日から二〇年間とする旨の前記本件賃貸借契約が締結されたことは当事者間に争いがない。

二被告の原告に対する本件土地の貸付けが借地法の適用を受ける賃貸借であるかどうかについて判断する。

<証拠>を総合すると、前記本件隣接地及び本件建物は昭和二八年まで国が所有し、本件建物には昭和一八年八月ころから旧日本陸軍板橋憲兵分隊の分隊長であつた原告が居住していた。本件土地も国有地で戦前は右憲兵隊の専用道路として、旧中仙道(公道)から同憲兵隊に通ずるものとして使用されていた。終戦後も本件建物には原告が居住していたが、昭和二七年一〇月二八日に至り、原告は本件建物及び本件隣接地を国から賃借した。その際、本件隣接地と公道を結ぶ唯一の道路であつた本件土地も原告が賃借した。

原告は、昭和二八年一一月三〇日、被告から本件隣接地及び本件建物の払い下げを受けてこれらの所有権を取得した。ところが、本件土地は、当時、仲宿五二番九の広い土地の一部分であつたため、直ちに分筆することが困難であつたうえ、他の住民も本件土地を通行に利用していたので、原告に払い下げてその排他的使用を許すことは出来ない状況にあつた。そこで、原告は、昭和二九年六月二五日本件土地を、道路敷に使用し、他人の通行を阻害する物件を構築しないこと及び原告だけで独占的に使用しないという約束のもとに、賃貸借の始期を昭和二八年一二月二六日に遡及させ、終期を昭和三〇年三月三一日と定めて賃借した。その後、右賃貸借契約は二、三年毎に更新を重ねて来たが、昭和四三年三月、被告の事務取扱要領等の改正に伴い国有財産有償貸付契約書式が変更になつたのを機に、原告と被告との間で改めて所定の書式を用いて同年同月一八日付で本件賃貸借契約が締結されるに至つたことが認められ、<証拠>のうち、右認定とくい違う部分は採用することができず、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

ところで、国有財産法に定める普通財産である土地の、建物所有を目的とする貸付けには、まず、同法が適用されるがこれに規定のある事項を除いては借地法が適用されるものと解すべきところ、右認定の事実によれば、本件土地が国有財産法に定める普通財産に属することは明らかであり、また、本件賃貸契約は昭和二九年六月二六日に締結された契約の継続と認めることができる。そして、右契約において、本件土地の使用目的は私道敷とする、原告だけで独占的に使用しないで、他人の通行を許さなければならない旨の特約がなされているものの、本件建物の利用上本件土地は必要不可欠と認められ、かつ、このことは、被告においても、原告に対し本件建物の払い下げをし、本件土地を賃貸した昭和二九年六月二六日の時点において知悉していたのであろうことは推認するに難くない。そうすると、被告の原告に対する本件土地の貸付けは借地法の適用を受ける非堅固建物の所有を目的とする借地権と解するのを相当とする。

三次に、被告の本件賃貸借契約は期間満了によつて終了した旨の主張について検討する。

国有財産法に定める普通財産である土地を、建物所有を目的として貸付けた場合の最短期間については、まず、借地法の適用があると解すべきところ、前記昭和二九年六月二六日締結された賃貸借契約における賃借期間は前認定のとおり二〇年未満であるから右存続期間の約定は借地法第一一条により定めなかつたものとみなすべきである。そうすると、右賃貸借の存続期間は、結局同法第二条一項本文によつて契約締結の日から三〇年というべきである。

ところで一方、原、被告間において、昭和四三年三月一八日本件賃貸借契約期間を昭和三〇年四月一日から二〇年とする旨の合意がなされたことは当事者間に争いがないところ、この合意は原告にとつて不利益な契約内容の変更であるから、借地法第一一条によりその効力を否定されるべきかについて疑がないわけではない。しかし、右規定は、右変更を不当とすべき特段の事情の認められないかぎり、賃貸借がすでに成立し経済的弱者といえなくなつた借地人の自由意思による合意の効力まで否定する趣旨ということはできないであろう。そして、これを本件についてみるに、右特段の事情については何らの主張・立証もなく、又本件全証拠を精査しても本件において原告が右賃貸借期間を短縮したことを不当とすべき特段の事情を見出すこともできない。そうすると、本件賃貸借契約の満了日は有効に昭和五〇年四月一日に変更されたというべきである。

また、国有財産法第二一条二項によれば、右の貸付期間は更新することができるが、その期間は更新のときから同条に定める期間を超えることができないと規定されている。しかし、この規定は、国有財産の管理処分機関に対し、貸付期間を更新する権限を与えたにとどまり、借地法の法定更新の規定を排除する趣旨とは解されないから、本件の場合には、当然借地法第六条が適用されて、正当の事由がなければ更新されるものと解すべきである。

ところが、本件の場合、被告が原告に対し、右契約期間満了後の昭和五〇年四月三日到達の内容証明郵便をもつて原告が本件土地の使用を継続することに異議を述べた旨の被告の主張事実は原告は明らかに争わない。

また、<証拠>を総合すると、本件土地の両側には、約一〇軒の住家があつて、そのうち、数軒は本件土地に向けて裏木戸や便所の汲取口、避難階段を設けており、また、本件土地の西側奥には本件土地を通路として使用している東京都母子寮等の公共施設があるほか、本件土地を通らなければ公道に出ることの出来ない住家がある。ところが、本件土地は原告が借り受けているため、上・下水道管、ガス管等が敷設されてなく、また、街灯の設置、舗装もされていないために本件土地両側及び西側奥に居住する住民の日常生活に大変支障をきたしているうえ、これら住民の間に本件土地の利用をめぐつて紛争が絶えない状況である。ところが、本件土地が被告に返還されれば右の問題は解消される見込みである。すなわち、本件土地は、板橋区が、本件土地の北側に接続して新たに開設した幅員約四メートル、延長約一二メートルの道路敷部分とともに昭和四七年一〇月三日東京都板橋区告示第一四六号による板橋区道二、〇九九号の区域変更によつて右区道の一部とされた(但し、後記のとおり本件土地の西側部分を除く。)ので、被告は、本件土地の有効な利用を図るため、昭和五〇年四月一日板橋区に対し、本件土地を無償で貸与する旨の契約を締結し、一方、板橋区は、被告から本件土地の引渡しを受け次第、直ちに本件土地の舗装及び下水道管の埋設工事等を施行して板橋区道としての供用の開始を行う予定である。そうすると、付近住民は多大の利益を受けることになる。また、原告も右の利益を受けるほか、賃借料の負担もなくなり、それに、本件土地がそれに接続する北側道路とあわせて区道と認定されれば建築基準法上の利益を受けることになる。他方、本件土地が右のように利用されてもこれにより原告が不利益を受けることは全くあり得ないことが認められる。

右事実によれば、被告が原告に対して述べた前記異議には正当の事由があるものというべきであるから、本件土地の賃貸借契約は期間満了により終了し、更新されることがなかつたものというべきである(なお、本件土地のうち、前記新設道路と本件土地とが接続する地点以西の部分は、被告から板橋区に貸与されてはいないが、本件弁論の全趣旨によれば、右部分も貸与部分と一体として道路敷に使用される予定であることが認められるので、この部分についても正当事由ありといわざるを得ない。)。

四原告が、本件土地上にブロック塀等を設置して本件土地を占有している事実は当事者間に争いがない。

五以上のとおり、本件土地賃貸借契約が期間満了により終了した以上、原告の被告に対する本訴請求は理由がないことに帰するから、これを棄却することとし、他方、原告は被告に対して本件ブロック塀等を収去して本件土地を明渡す義務があることが明らかであり、したがつて、被告の反訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法第八九条を、仮執行宣言につき同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(永吉盛雄)

物件目録

(一) 東京都板橋区仲宿五二番二八宅地193.02平方メートルのうち、別紙第一図面の(イ)、(ロ)、(ハ)、(ニ)、(イ)の各点を順次直線で結んだ範囲内の部分166.54平方メートル

(二) 右地上の別紙第二図面<省略>中、ブロック塀として表示された斜線部分に設置されているブロック塀(高さ一メートル、幅13.6メートル、厚さ一〇センチメートル)及び支柱四本

(三) 同所仲宿五二番一八 宅地 206.57平方メートル

(四) 右地上の木造瓦葺居宅一棟 床面積 九一平方メートル

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